大学ファンド

いろいろな方がすでに書いておられますが、鳴り物入りでスタートした10兆円の大学ファンドの運用が初年度(2022年度)けっこう厳しい状況になったようです。

https://www.jst.go.jp/fund/dl/jst_gaikyo_2022.pdf

若干補足が必要であろうと思われるのは、事実上の運用初年度だったということで主要メンバーがまさに就任したばかりであることと、キャッシュから投資を徐々に開始する段階であったということで、単純な比較には適さないかもしれないなとは思います。まあそうはいってもかなりのマイナスであったことは確かで、運用業務がどこまで行っても結果責任の世界である以上はいろいろ言われるのはまあ仕方ないとは思います。

この運用結果がどの程度まずいか。一般的な単純な4資産(内外株式内外債券)バランスで行っている年金運用と比較してみるとある程度浮かび上がります。4資産バランスの年金運用のわかりやすい例で公表されているのは、生命保険会社の特別勘定総合口運用です。これは主に小口の企業年金の運用の受け皿としての団体年金保険商品であり、リスクはすべて加入者(企業)が負います。一般勘定と異なり、利回り保証はありません。これを生保で扱っているのは現在6社ありますが昨年度の平均的な利回りはプラス2%を少し割ったところかなというレベルです。全社一応プラスの利回りを確保しています。

何が言いたいかというと、ごく普通にバランス運用をやっていたら十分プラスはとれていたのではないか、ということです。さらに突っ込んで言えば、「専門家」を自負する人たちが独断的な金利見通しや相場見通しによって余計なことをしてしまった結果のマイナスであった、とワタクシはあえて断言したいとおもいます。

もう一つ、問題点があるとしたら、このファンドのリターンに対する時間軸や目標の設定があいまいではないか、と思われる点です。単年度で着実にプラスを積み上げたいのか、多少の市場の揺れを許容する形で、アセットアロケーションこそがリターンの決定要因であるというセオリーを信じて長期的な基本アロケーションを決めて(公的を含めほとんどの年金はこれを行っています)、PDCAを繰り返しながらよりよい方向を目指していくのか、そういった「思想」があまり明確に見られないことです。実はこれに関しては答えは明白なはずです。それは資金の取入れ先が財政投融資資金で、返済時期等が明確に決まっているからです。しかし財政投融資資金の借入期間は最長40年で、このファンドの返済の始まるのは2041年からと書かれていて、要するに20年近くあるわけです。20年なら十分長期的な投資戦略を考えて実施できるわけで、年金運用的なアプローチも十分にあり得たのだと思います。

ところが、明らかに初年度の運用にはバイアスがかかっているように見えます。上にリンクした報告書の26ページを見ると「運用立ち上げ期における為替リスクおよびヘッジの考え方」というコラムがあり、「運用立ち上げ期においては、全体のリスクバランスを考慮し、個別のリスクが過度に高くならないようにリスクをコントロールしています。」運用立ち上げ期だから?なにか「運用立ち上げ期」だからというのが、20年を超えるような運用にとって、リスクを抑える説明になる?適切なリスクをとって期待される収益率を上げていくという長期投資を前提にするなら、あまり説明になっていないように思います。
これはワタクシの読み替えによると「初年度からいきなり無様な結果を絶対に見せたくないので、(よくわからない)為替のリスクを抑えておけ」という風に読めます。しかし、本来は長期での運用なのに、単年度の見栄えを気にしてしまうと、今回のような事態を招きます。このファンドのなんというか運用チームとしてあるいはファンドそのものとしての「思想」「哲学」というものが欠如しているのではないか、ということを感じてしまいます。これは長期運用を行う上では結構致命的です。

17ページにある次の記載も非常に気になります。
「大学ファンドの当面のスケジュールは下図のとおりです。2026(令和8)年度末までの可能な限り早い段階で3,000億円の運用益を達成すること、2031(令和13)年度末までの可能な限り早い段階で基本ポートフォリオを構築することを目指します。」
えーっと、まあ巨額なので基本ポートを構築するまで10年かけてやりますってことでしょうか?でも早い段階で長期目標と同じ水準の具体的な金額の達成に言及しているので、当初は基本ポートフォリオの形ができない中で、基本ポートフォリオによって目指すべき運用収益の確保を前倒しで実現していくという、なかなか難易度の高いミッションが課せられているように思います。

これらを総合すると、私の素人的な感じ方なのかもしれませんが、運用の時間的な目線があまり整理されていない印象を受けます。

結果そのものについては「失敗」の原因は明白すぎるぐらい明白で、「外債」をヘッジ付きで大量に保有したことです。2022年度の金利環境であれば、外債は債券そのものの価格が金利上昇によって下落する上に、いわゆるヘッジコスト(短期でのヘッジをロールするやり方であるという前提ですが)が短期金利差の拡大によって急増し、ヘッジ付き外債は収益率が大幅にマイナスになっています。インフレが高進し始めた段階で、ドルをはじめとする海外金利がその後上昇することは容易に予想できたと思うのですが、時すでに遅しだったのでしょうか。そしてとても残念なのは、これらの損失のほとんどは「自家運用」、超優秀であると思われるJSTさんの運用チームのマクロ判断と金利見通しや為替見通しによって生まれてしまっていることです。先ほど4資産バランスの年金運用に単純に預けていればプラス2パーセント弱ぐらいは確保できたはずだと書きました。まあ人間ですから失敗はあるから仕方ないんですが、機関投資家でも2022年度はヘッジ付き外債の問題点に気づいており、保険会社などは22年度に入る前から基本的にヘッジ付き外債は削減方向で見ています。ご注意いただきたいのは、22年度が始まる前は市場全体で米国債金利も為替もこの程度とどまるとの見通しだった、ということです。結果はご存じの通りかなりオーバーシュートしてしまいました。その意味ではかなり想定外といえたのでしょう。しかし、そこは運用の結果を求めるのであれば、それに対応した動きは必要です。実際22年度に想定を超える金利と為替の動きをうけて、年度内にヘッジ付き外債をほとんど売り払ってしまった生保もあると聞いています。

https://www.nikkinonline.com/article/45120
(ニッキン 2022.5.22)

また米国の3MTBのレート(下の図)も(厳密に言えばヘッジコストは銀行間金利の差ですが)、年度開始前からじりじりと水準が切りあがっていて、左記の金融引き締め(利上げ)を織り込む動きとなっていました。もちろん日本の金利の先行きにもわずかに先高観があったとはいえ、この状況ではヘッジコストの上昇はかなり容易に想像できたのではないでしょうか。おそらく各生保がすでにあるヘッジ付き外債の削減を考えたのも今後採算性が回復する見込みがないと考えたからでしょう。

https://invst.ly/10-py1

米国に関して言えば2021年(2022年ではない)の11月末の議会証言でFRBのパウエル議長が「インフレは一時的である」という過去の見解を「撤回」しています。つまりそれ以降は米国が再び引き締めに向かうということであり、2022年は政策金利も含めた金利上昇の年となることは容易に想像できたはずで、上記の米国短期債の金利はその結果を物語っています。

このような状況であるにもかかわらず、2022年度当初から運用のかなりの部分をグローバル債券に割り当て、まあまだそれはほかの資産よりもリスクが少ないという言い方はできるにしても、さらにこれだけコストのかかるそしてさらにコストが増すと思われる為替ヘッジをかけ続けたのかはやや疑問といわざるを得ません。しかも年度末においても報告書の26ページを見る限りほとんど減らすことなくヘッジを続けています。この辺の一種の頑固さがどこからきているのかは興味はあります。

レポートにある主要なメンバーの方を拝見すると、残念ながらハンズオンでこのようなマクロに基づく伝統資産の運用に携わってこられた方は(全くいないとは言いませんが)割と少ないように思います。実はこういった伝統的資産こそ、普段から綿密なマクロの読みをこなしたうえで状況急変時における機動的な対応が求められるのであって、オルタナティブとかそういうのが得意であっても、もともと流動性リスクで稼いでいたりするわけですから、とっているリスクの種類が若干異なったりするので、得意分野としては異なると思われます。残念ながらこのファンドの運用チームにとってはあまり得意でない相場だったというしかありません(言葉を選びながら書いています)。

一方、この報告書自体はどこから見ても報告書としては素晴らしい出来栄えです(本心です)。ファンドの背景や運用体制、リスク管理の在り方といった本質的な説明を丁寧に行っていて、運用の考え方についてもとても分かりやすく(内容が適切だとは言ってない)記載しています。SDG(Simple, Defensive, Gradual)といった考え方も流行り言葉?をうまく使っています(笑)。でも運用結果がこれでは、せっかくの立派な報告書も泣いてしまいます。

資金が財政投融資資金であることを考慮し、最初はリスクを考慮して安全に運用するというのが方針のようですが、本当にリスクが小さかったといえるのでしょうか?たぶん報告書の書きぶりからは、なにがしかの定量的なリスクモデルを利用して、その範囲内に収まるように投資アロケーションを決めているという感じですが、定量モデルは、例えばヒストリカルなデータで分析する場合もあるので、ほぼバックワードルッキングになるという限界があります。そして、期待収益率も含めた分析も、マクロや市場の見通しが間違っていると(期待収益率の計算が違ってくるので)結果も間違ったものになります。運用の失敗(あえてそう書きます)はもしかしたらそういったリスクモデルへの過信があったのではないかという気がします。

このファンドは財政投融資資金からの借り入れで運用しているので、広義の受益者として国や国民が含まれると思います。受益者の端くれとしては、やはり、あの状況で2022年度において、金利が上がりそうな外債が安全だとなぜ思ったのか、為替ヘッジがなぜ運用成果を出すために有効だと考えたのか、定量的なリスク制約という機械的判断以外の視点で説明が欲しいなぁなどと思います。単年度での大きな損失リスクを(特に昔の人ほど為替の大きな変動で苦労した経験を持っているので)避けたいという気持ちが強く出ているのだと思います。しかし、現時点では大勢は、昔のような極端な円高がもはや可能性が低くなっているという見方に落ち着いています。年金運用と同様にきちんと開き直ってヘッジをかけないというのが、金利上昇下におけるキャリーも含めたむしろ安全志向だったのではないでしょうか。

ヘッジ手法の詳細が開示されていないのでここからは推測ですが、仮に個別ヘッジではないとしてもポートフォリオ全体で見れば外貨建て資産の一部相当に為替ヘッジをかけているので、経済的にはヘッジ付き外債運用やっていたことと同値です。まあ十分理解してやっておられるとは思いますが、もし「ヘッジ付き外債」を「安全」だと思っていたのであれば、まさにとんでもない勘違いです。これは「二国間カーブの形状変化」という異なるリスクをとることで超過収益を得るスキームです。こうしたリスクの種類の意識が欠けていたのではないか、つまり「リスクの所在」にかかる認識がやや手薄だったのではないか、との印象を持ちます。そうでなければ、この環境でこうした運用をほぼ1年間続ける理由がよくわかりません。

金利も為替もそれなりのボラティリティはある、という認識を持つことも重要です。ワタクシは、特に為替の面で80年代以降かなり苦労をさせられた経験から、この分野に投資するときはあらゆる可能性を想定し実際にも機動的に動けることが前提だと思っています。少なくとも為替に関しては最低でもヘッジを機動的に外すなどの対応が必要だったと思います。

まあ開始の1年目だけであまりひどいことをいうのはフェアじゃないと思いますので、ぜひ国民やアカデミアのためにも今年度以降は頑張って稼いでいただきたいな、と国民の一人として切に願う次第です。

この記事へのコメント

elledacks
2023年08月27日 05:18
このファンドの根本的な処に問題がある気がします。以前、現役時代に某国立大学から似た様な話しがあった様な。お役人?から、専門家なら方法があるのではと言う事から始まったのかと。
でも投資の世界にフリーランチは無いと言うのが基本の筈ですので、我が国民の金融リテラシーの低さに問題があるのではと思います。ベータとアルファを混同している方々が多くて、ある年金基金の理事会でめまい😵‍💫がしました。又、当時運用コンサルタントと言う連中が跋扈して、混乱に油を注いでいた記憶があります。

実際にひと様のご資金を運用した経験が有れば半年でも経てば運用の本質が体感出来る事ですが。
また、長年の苦難に耐えたGPIFと言う超越した存在を参考にすればこんな事にはならなかったのでは。
厭債害債
2023年08月28日 09:03
elledacksさんコメントありがとうございます。たぶんこのファンドの不幸は、目標とする運用収益から出発している点と、運用のスパンのミスマッチだと思っています。現実や実際のリスク状況と乖離した運用を行わざるを得ない点には少し同情せざるを得ません。
そもそもですが、岸田首相の資産運用立国論についてもいえることですが、経済成長の無い国で資産運用(特にドメスティック)で稼ごうとするとやはり無理はありますから、順番としては少なくとも同時並行で気合を入れた対策が必要になると思っています。