経済財政諮問会議
最近いろいろな場面で(というか前からですが)首相の諮問機関である経済財政諮問会議のネタが話題になっています。5月15日の諮問会議では、持続的な賃上げの実現により物価目標2%を達成させて経済の持続的成長に結びつけるとかまあそんな話が議論されているようです。
どうも、このところこの会議から発信されるネタは、ちょっと本末転倒というか因果関係を取り違えているのではないかといった内容が多く、ちょっと「しっかりしてくれ」というものが多いです。まあ政治家としての宿命でしょうが、何となく問題の本質に対する答えが見いだせないなかで、ウケのよさそうなアナウンスメントをやっているようにも見えます。
ワタクシの考えですが、日本の低成長とは、いかに現状が国民の多くをしめる層(シニア層)にとって居心地のいい状態か、ということの裏返しに過ぎないのです。国民皆保険、老後には手厚い医療と介護、低い消費税、(これまでの)低インフレ、手厚い雇用保障、全体的な高学歴とそれに伴う安全な社会、食料も高い割合で自給できている、平和憲法のおかげで「戦争の恐怖」から距離を置いている、などなど。結局のところ、こうした現状を維持するために、本来成長のために使うべきお金が浪費されているのだとも言えます。そしてそうしたことの問題点が集約されているのが、少子化です。ワタクシの意見ですが、上記のような居心地のいい状況を維持することと少子化とは表裏一体だと思っています。もっといえば、上記のような状況がイメージされ続けるうちは、子供は増えないだろうと思っています。
そして、少子高齢化こそ、低成長の最大の原因だと思います。ところが、15日の議論は、そういった問題を(もちろんほかのところで議論はしているのは知っていますが)スルーしつつとにもかくにも賃上げ、という話になっています。結局のところ国内需要を高めることこそが最大の成長の源泉であるべきなのに、まず賃上げありきで来ている。現在は外部的なインフレの高騰が来ているのでそれにキャッチアップしないと実質賃金が下がってしまってさらに需要を押し下げるというのはよくわかるのですが、やっていることは単なるキャッチアップであり、本質的な成長とは次元の違う話だろうと思います。そもそも、すでに物価の持続的高騰すら懸念されているときに、「物価目標2%達成のために賃上げする」というのはちょっと本末転倒感があり、また問題の根っこにアタックすることを回避しているようにも見えてしまいます。
もう一点、これは業界関係者としてちょっとカチンときたのは、4月の同会議で岸田首相が「資産運用会社の抜本改革」などと称して金融庁に指示を出した、という話。これも、自分が投信で大損こいて腹いせ紛れに指示したというのならまだしも「理解」はできるのですが、資産運用業の改革を通じて「2000兆円の家計金融資産を解放し、持続的成長に貢献する資産運用立国を実現する」といわれるとそれはちょっと筋が悪いんじゃないかな、と思ってしまいます。もちろんNISAやイデコなどの制度改革を通じて「家計金融資産の解放」に努力されている面は認めるとしても、資産運用業というのは、まずはそのマザーマーケットの経済成長があって初めて自然な名目リターンが達成できるのであって、その経済成長ができない段階でいくら資産運用にフォーカスしても、結局国民に「大きなリスク」を取った投資(投資なので通常のリスクは当然とるのですが、ここでいうのは例えばAT1債投資のような話です)を慫慂するだけになってしまって、ある時に「あーあ~」みたいな話になると思います。ワタクシの意見としては、資産所得の増大は、経済成長とタンデムで実現する話であって、それを超える資産所得を短期的に求めるというのは、過剰なリスクテイクとバブルの発生とその後の崩壊を組みこむことにしかならないのではないかと思います。こういう指示というのは、経済成長の道筋がきちんとできているのに、資産運用業界がさぼっているから資産所得がついてこないじゃないか、みたいな状態で大いに語ってほしいと思います。まあ一部の委員の方からはちゃんとそれを踏まえた方向があったようなので、何よりですが。
この岸田首相の「指示」はタイミング的には金融庁の「資産運用業高度化プログレスレポート2023」が出た直後のタイミングだったので、まあそれを受けてのことと理解しています。
https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230421.html
今回のプログレスレポートにおいて興味深い点がいくつかあります。
まずは、これは従来から問題視されている内容ですが、資産運用会社のガバナンス問題について改めて取り上げていることです。岸田首相の「指示」を報じた新聞記事にもありましたが、一部「系列」においてあまり合理的な商品設計などがなされていないなどの問題があり、根っこの問題として金融機関グループのガバナンス問題、具体的には証券や銀行などの系列運用会社のトップ人事が営業主体で決まっている、といった問題があげられているようです。まあ、これもワタクシにいわせると、そういう商品(例えば毎月分配型、テーマ型)がウケる背景として少子高齢化があるわけであって、そりゃまあ売れるものを作って売るだろうよ(良いこととは言っていない)と思うので、根っこの問題に手を入れれば自然と何とかなるんじゃないかなと思っていますし、私企業である運用会社が営業重視してどこが悪い、という感じはいたします。運用成果が悪ければ自然淘汰される社会であるべきで、このことも結局リテラシーとの関係でいえば少子高齢化の弊害でありますので、そっちのほうへの対応が優先度が高いと思っています。
次に、アクティブ運用の復権について多くのページを割いていることです。モーニングスター社の調査レポートがついていてて、これによれば日本の株式市場におけるアクティブ運用(ベンチマークをTOPIX配当込み指数として比較するもの)の「勝率」(パッシブに対する)は過去10年間において米国や欧州市場におけるものと比べてかなり高いことが示されています。(まあこれをもって、「フフン、やっぱり日本の運用会社は優秀じゃないか」と思うのはちょっと早計で、外国の運用会社が運用しているケースもあると思いますが、)通常はローカル市場の運用者はそもそもローカル人材であることが情報収集などにおいて圧倒的に合理的なので、広い意味で「日本の運用」は優れているということをしめしているわけです。もちろんコスト面等でさらなる合理化の余地があることは指摘されております。これらのことを総合すると、結局運用業界の改革として政権が目指す方向は、こうしたすでにある高い運用能力をきちんと果実に反映させるような制度設計を行うと同時に、ガバナンスなどを通じた商品設計への働きかけを積極化する、ということが考えられます。
しかし、富が甘やかされ続けたシニア層に偏在している状況が続くならば、それを狙った妙な金融商品などが跋扈する状況は変えられないし、資産運用や販売に関する人々も頭を使うことを怠ってしまう。現在少子高齢化の進行にともなって高齢者の意見のウエイトがどんどん高まっており、ますますこれまでの民主主義の下での改革は難しくなるでしょう。
結局のところ、どこかでなにか暴力的な変革に結びついてしまうのではないか、というような恐怖感を最近持つようになりました。安倍首相襲撃も、岸田首相を狙った爆弾騒ぎも、一見関係なさそうな銀座の強盗事件も、いずれも実行犯は年端もいかない若者です。犯行に及んだ若者に共通の絶望的ともいえる考えの浅さや行動の短絡さはまあ昔からあるとはいえ、やはり社会の閉塞感によってこうしたことが頻発しているのではないか、といった危惧を個人的にはすごく抱いてしまっています。
話が脱線しましたが、一応、少子高齢化やこうした甘やかされた状況を是とするか非とするかについても、本来議論はあるべきでしょう。低成長で何が悪いという議論も当然あってしかるべきです。ただ、もし低成長が問題であるという前提に立ってそれをどうにかせねばならない、と考えるのであれば、何度も言うように、少子高齢化とこれまでの甘やかされた社会構造全体に手を加えないといけないのです。政権として経済成長を目指すのであれば、真正面から取り組むべきなのは、なぜ子供が少なくなったのか、あるいはその代替となる力が不足しているのかという問題の根本を探り出し、それに対して有効な手を打つことと、必要ならば躊躇なく高齢者層の既得権に手を加えることです。少子高齢化自体が問題であることにあまり積極的な異論がないとすると、超党派で「国策として」議論する余地がありそうにも思います。少なくともチマチマと運用会社への注文など付けている場合ではないだろうと思います。経済が成長すれば資産所得は上がります(そもそも目端の利いた人々はすでに外国株などへの投資でかなり利益を積み上げていますが、まさにその対象国の経済成長の果実を受け取っているということです)し、賃上げは(短期的には過去の分配の調整があるとしても)基本的には成長の果実の分配であって、成長がない中で実現するものではありません。
こういった点で、最近の経済財政諮問会議の議論には、個々には見るべき点はあるとしても、全体的にその底の浅さというか、本質からの外れ感というかそういったものを感じてしまう今日この頃です。
この記事へのコメント
少子の原因について同じ意見を持っています。数か月前ですが、成田悠輔さんの「高齢者は自決すべき」発言が話題になっていました。言い方などはともかくとして、彼の発言の真意、今の社会構造を深く分析せずに、「自決せよなんて怪しからん、ナチスだ」という声の多さに驚きました。
日本の衰退は、政治のせいにする人が日本人には多い印象ですが、その政府を選び、この社会を望んだのも多くの日本人であり、現状の構造が自浄出来る可能性は限り無く低いような印象を受けます。
>金融機関勤めさん
>
>いつも興味深く拝見させていただいてます。ありがとうございます。
>少子の原因について同じ意見を持っています。数か月前ですが、成田悠輔さんの「高齢者は自決すべき」発言が話題になっていました。言い方などはともかくとして、彼の発言の真意、今の社会構造を深く分析せずに、「自決せよなんて怪しからん、ナチスだ」という声の多さに驚きました。
>日本の衰退は、政治のせいにする人が日本人には多い印象ですが、その政府を選び、この社会を望んだのも多くの日本人であり、現状の構造が自浄出来る可能性は限り無く低いような印象を受けます。
>金融機関勤めさん コメントありがとうございます。自決というのはさすがにワタクシもいくらなんでも、とは思いましたが、その背景にある強い問題意識をきちんと議論しようとしないで表層的な言葉の揚げ足取りに終始してしまうのが最近の傾向としてよくないなぁと思いますね。なかなか自分たちだけではいかんともしがたい(豊かになれば少子になりやすいのではないかと思っています)なかで、どこまで現実を受け入れて何を犠牲にするのかという冷徹な議論が必要な時期に来ていると思いますね。