金融商品取引業者向け監督指針改正案(ESG投信に関して)

2022年5月の金融庁の資産運用高度化に関するプログレスレポート以来、待たれていた(違)監督指針の改正案がついに年末に登場しました。あくまで現時点では案ですので、今後パブコメなどを経て変わっていく可能性はありますが、なんだか、諸外国の政治的な流れをうけつつ現実世界との折り合いも考えながらといった、ちょっと腰が引けた感があります。ただ、結構「好ましい腰の引け形」だと感じました。つまり、ESGとは具体的にこういう内容についてとかこういう数字についてとかを細かく定めず、あえて、運用会社の判断にゆだねているからです。

最大のポイントは、ESG投信の範囲(監督指針案VI-2-3-5(2))として①「ESGを投資対象選定の主要な要素とし」ていること、②①の内容を交付目論見書の「ファンドの目的・特色」に記載していること、と定めたことです。開示の話はその後の(3)に出てきますが、ESGそのものの定義は(1)の「意義」のところで「ESG(Environment・Social・Governance)」とあるだけで実は何をもってESG投信とするかは上記しか書かれていないのです。これは非常に賢明なやり方だと思います。

公募投信にはすべからく何かの名前がついていて、中には投資する対象やテーマを明記しているものが多数あります。例えばメカトロニクスとかDXとかライフサイエンスとかその広さはまちまちであるにせよ、そういうものです。これまでそういう投信がどのような投資をしているか、どのようにアプローチしているかについて細かく規制するルールは(極端に顧客に誤認を与える場合でなければ)なかったはずです。ESGも(関係者の一部には不興を買いそうですが)一種のテーマ型投信だと思えば、本当はこのように名前で規制云々という話は出てくることはないはずです。これが出てきているのは、やはりESGという名前を付けたらやたら売れてしまったファンドが実はESGとは名ばかりだったことで、競争相手を中心に大ブーイングが起きたからでしょう。金融庁さんが意識しているのは最終顧客の利益保護もさることながら「金融村の嫉妬」ではないか、と考える次第です。言い方は悪いですが「嫉妬」から生まれた規制ということです。子供同士の嫉妬はあまり正論でがちがち詰めるのではなく、まあ穏やかになだめておくのが正しい対応でしょう。

また、ESG投信など、通常の株式投信である限りは仕組債の質の悪さに比べれば顧客利益を害する可能性はかなり少ないと言えましょう。ESGというのは真剣にやっている当人たちにとっては、付加価値の源泉(つまりαを生むもの)としてとらえられていますが、現時点でその証明はなされていないと考えられていて、同時にESG(特にE)への対応が持つ時間軸の長さから、証明することは困難かもしれないと思います。だからESGを前面に出すことがαに関する誇大広告という風にとらえられると規制の対象になりやすかったという面があったと思います。しかし、単なる運用手法の問題(αは運用会社次第)ととらえれば、本来はそれほど目くじら立てて規制の対象にすべきではなかったのだろうと思います。今回の監督指針案はその辺の塩梅をうまく配置しているように思います。

とはいえ、実務上はそれなりに重い課題が課されています。特に投信委託会社にとっては、交付目論見書などへの開示項目が増えます。特に投資戦略については、なぜそれがESG運用と言えるのか(具体的にどのようにESGを投資判断に組み入れているか)について記載することが求められます。また、ポートフォリオ構成についてもESGを主要な要素として選定する投資対象への投資の計数管理(比率や指標など)の開示が求められます。インパクト投資についても指針案は触れていて、SFDRの9条に対応するかのようにインパクト目標の設定と達成状況の開示が求められます。さらに体制整備等(案VI2-3-5(4))が求められ、データガバナンスやITインフラの整備、人材確保(かつてのプログレスレポートでは専任者が1名しかいないことが批判の対象となっていました)が求められます。ESG運用を外部委託している場合はその委託先に対する運用内容を含む適切なデューデリが求められます。興味深いのは、現存するESGの名前を冠した投信についても、それが今回の監督指針上ESGを謳えないと思うなら、その旨を「交付目論見書」に記載することを要求しています。裏返せば名前まで変える必要はないということです。名称の変更は約款変更が必要となりますので、投信会社にとっても当局にとっても手間の増える話ですから、この点は現実に即した対応と言えるでしょう。

ともあれ、金融庁は「ESG投資(投信)」を具体的に定義することはせず、必要な開示を増やさせることで説明責任を各社にゆだねた、ということが言えそうです。この動きを知ってか知らずか、大手アセマネでは自らのESG投資の定義をHPなどで明示するところがすでに出ていました。(以下は三井住友DSアセットさんの例)
https://www.smd-am.co.jp/corporate/responsible_investment/esg/integration/table/
まさに、各社が自分の責任でESGを定義しそれに則った運用をちゃんとやっている、ということがお客さまに納得いただけるように開示しているかどうか(商品内容について誤認を与えないこと)こそが重要なのであって、今回の監督指針案はその意味では理念ばかり先立ってしまった欧州や政治的な争点にしてしまった米国などに比べ、我が国は正しい方向を向いていると感じます。

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