北京冬季五輪
このブログでも何度も書いている通りですが、個人的には五輪そのものにすでに価値を見出さなくなっています。五輪の意義は、いまや一部の権力者にとって都合のいい行事になり下がっていて、さっさと五輪は廃止されるべきものだと考えています。
とはいえ、やはりテレビをつけたらたまたま開会式の模様をやってたので、ちょっと見たのですが、いろんな意味で失望と恐怖を感じました。
まずは、かなりの点で東京オリンピックのパクリであったこと。開会式の入場行進で多くの人が踊りながら選手の入場を迎えるやりかたは東京オリンピックと同じ。さまざまな舞台裏や日常映像を利用するのも同じ。非常に簡素化しているという点では良いと思うものの、入場行進の音楽がいわゆるクラッシックとオペラからの抜粋のつなぎ合わせで、どういう思想があるのかちょっと考えさせられました。オペラのアリアあり、交響曲あり、ワルツあり、はっきり言って行進とはあまり縁のなさそうな選曲で、正直なところ全く意味がわからない。しかし、最後に中国選手団の登場に際して中国の偉大さをたたえるかのような行進曲に変わり、やはりこの五輪は中国の国威発揚のために使われているということが明確になりました。他の国の入場は所詮は有象無象のゴミみたいな連中だから適当に曲を流し、自国は特別扱いである、という思想が明確に出ていた開会式だったと思います。
開会の演説の時に後ろに映っている若い男の子たちの造られた笑顔が本当に恐ろしい。
いや素晴らしい開会式でした。
とはいえ、やはりテレビをつけたらたまたま開会式の模様をやってたので、ちょっと見たのですが、いろんな意味で失望と恐怖を感じました。
まずは、かなりの点で東京オリンピックのパクリであったこと。開会式の入場行進で多くの人が踊りながら選手の入場を迎えるやりかたは東京オリンピックと同じ。さまざまな舞台裏や日常映像を利用するのも同じ。非常に簡素化しているという点では良いと思うものの、入場行進の音楽がいわゆるクラッシックとオペラからの抜粋のつなぎ合わせで、どういう思想があるのかちょっと考えさせられました。オペラのアリアあり、交響曲あり、ワルツあり、はっきり言って行進とはあまり縁のなさそうな選曲で、正直なところ全く意味がわからない。しかし、最後に中国選手団の登場に際して中国の偉大さをたたえるかのような行進曲に変わり、やはりこの五輪は中国の国威発揚のために使われているということが明確になりました。他の国の入場は所詮は有象無象のゴミみたいな連中だから適当に曲を流し、自国は特別扱いである、という思想が明確に出ていた開会式だったと思います。
開会の演説の時に後ろに映っている若い男の子たちの造られた笑顔が本当に恐ろしい。
いや素晴らしい開会式でした。
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