債券市場の憂鬱
たまたまですが、二つの社債発行の記事がジジイの琴線にふれてしまったので、感動のあまり夜中にキーボードに向かう羽目になりました。
一つはANAホールディングズの「サステナビリティ・リンク・ボンド」。100億円で0.48% 5年という条件は最近の市場を覆う利回り不足の状況からは十分に受け入れられたのだと思いますが、やはりこのサステナビリティ・リンク・ボンドというところがちょっといや強烈に関心を引きました。おそらくこのおかげで当該債券はかなりの人気を博した部分があると思うからです。
https://www.anahd.co.jp/group/pr/202105/20210519.html
サステナビリティ・リンク・ボンドというのは、一応ICMAが出しているサステナビリティ・リンク・ボンド原則(SLBP)のガイドラインに適合した債券と考えられます。その定義においては、「発行体が事前に設定したサステナビリティ/ESG目標の達成状況に応じて、財務的・構造的に変化する可能性のある債券の総称」とされ、「発行体は、事前に設定sた時間軸の中で、自社のサステナビリティ目標達成に向けて将来改善することを、明示的に(債権の開示資料等においても)表明する」こととされています。このなかでいう目標は「サステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット」(SPT)と言われ、それぞれの債券ごとに発行体が設定するものです。
一応、このSLBPが所与のものとして、まず良くわからなったのはANAのESG課題におけるKPI(Key Performance Indicator)ってなに?ってことです。SLBPではまず一つ以上のKPIを定めてそれについての効果が測定可能であることを求めています。そのKPIはSLBPでは以下の要素を含むべきであると明記されています。
・発行体のビジネス全体に関連性があり、中核的で重要であり、かつ、発行体の現在及び/または将来的なビジネスにおいて戦略的に大きな意義のあるもの。
・一貫した方法に基づき測定可能、または定量的なもの
・外部からの検証が可能なもの
・ベンチマーク化が可能
今回の債券発行に関する会社側ののリリースをみますと、このKPIが一体何なのか良くわかりませんでした。もしかしたら知らないのはワタクシだけかもしれませんが、やはりSLBPにのっとったと書いている以上は、そういう段階を踏んだリリースが必要じゃないかなと思います。
一応発行体のHPもあたってみましたがKPIについては「今後の課題」とされているようです。
https://www.ana.co.jp/group/csr/communications/discussion/
そして選定されたKPIごとに一つ若しくはそれ以上のSPTを設定することともSLBPでは要求されています。こちらはリリースに書いてありますが、それを見て腰を抜かしてしまいました。4つ設定したうちの3つがESG関連の株価指数への採用だったからです。そして残りの一つもCDP(Carbon Disclosure Project)の格付け評価A-以上というものです。要するに、ある意味非常に間接的な目標設定となってる。もっと露骨にいえば他人さまからの評価をサステナブルパフォーマンスの指標にしているわけです。
確かに、株価指標への採用には一定のESG関連の企業としての内容が問われますから、まあ何らかの努力をするんでしょう。しかし、個人的にサステナブル・リンク・ボンドへの賛否は一応おいておくとしても、サステナブル・リンク・ボンドって、そういう目標設定を期待しているんではないんじゃないかなー?というのが率直な印象です。株価指標への採用基準って、まず「株主」の利害にそったものであって、債券投資家の利害とは一部概念的に相反するんじゃないかなとも思いますし、そもそもKPIがはっきりしない中でこのようなボンドを出すことの意味が問われなければならないと思います。
さらに、これまでのSLBと一線を画しているのが、SPTが実現できなかった場合のペナルティです。今までほかで見てきたSLBの多くは利率に一定の上乗せがあり、要するに投資家にリターンの上乗せがあった。この点に関してはワタクシは過去に概念的な矛盾(投資家が発行体の目標未達成を歓迎するインセンティブになる)を指摘したことがありますが、それはさておき、今回のANAのSLBでは目標未達成のばあい0.1%を外部団体に「寄付」するというのです。ワタクシが指摘したような「矛盾」は発生しないものの、「すか」みたいなSPTを立てたうえでその未達成で「寄付」って、そもそもこれってサステナブル・リンク・ボンドの名に値するのか?という疑問すら湧いてきます。
ちなみにANAは過去にグリーンボンド等も発行しているようです。グリーン・ボンドとサステナブル・リンク・ボンドとの最大の違いは「資金使途の制約」の有無だと思われます。うがった見方をすれば、今回このようなまあはっきり言わせてもらえば「雑な」SLB発行に至ったのはその資金使途の制約のなさが誘因だったのではないかと。たったの100億円ですけれどね。そもそも寄付したければボンドにリンクさせないでさっさと寄付してあげた方がいい。そもそも今のANAさんが寄付を考えられる状況なのかどうか、という点はあえて措いておきますが。
いちゃもんついでに言えば、リリースの最後にあるようにこの債券について一部の格付け会社が第三者評価としてSLBPに適合しているというセカンドオピニオンを出しているとのこと。そしてこのSPTsの進捗状況と達成状況について、その格付け会社が検証しレポートを出すとの事。もちろんタダじゃないとおもいます。ということはこの債券には通常の債券に比べて余計なコストがかかっているということです。本来それはきちんとした利回りとして投資家に還元すべきものではないかと思うわけです。
もうひとつは商船三井のジャンク債発行のニュース
https://www.mol.co.jp/pr/2021/21034.html
こちらの日経の記者さんの解説も非常に面白いので一応張っておきます。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB111LY0R10C21A5000000/?unlock=1
「奇策とは、格付け取得をJCR1社に絞り、投資適格水準のトリプルBで「実質ジャンク債」を発行したことだ。投資家はどう判断したのか。ふたを開けると買い注文が殺到。投資適格でありながら利回りはジャンク債並みの高さが確保できる貴重な商品と映った。商船三井関係者は「実利を重視した」と話す。」
いやー、表現をいいかえると、「JCRの格付けはxxだ」と言っているに等しいので、元財務官が代表を務めていた格付け会社をDISるのもほどほどにしておいた方がいいとは思いましたが、まあおっしゃることはよくわかります。JCIの格付けはR&Iよりもともと2ノッチ高かったわけで、それを利用してこのハイブリッド債ではあえてJCIだけから格付けをとりBBB格として発行したわけで、狙いは日経の記事にあるように、むりやり「限界的」な格付け会社の核付けを利用して、投資適格以上でなければ買えない投資家が買えるようにした、ということです。
背景にはいうまでもなく、日本で投資適格外の債券市場が育っていないことがあります。ほとんど機関投資家はルールとして投資適格外の債券投資に厳しい制約を課しています。組織の担当者は余計なリスクを負ってまでそれに真剣に取り組むことは時間がかかる割に報われないので、やろうとしません。逆に投資適格であればあまりギャーギャー言われることはなく、それに高い利回りが乗っていれば収益に貢献できて褒められることもあるから、この違いは日本では大きく、投資適格とそうでない債券との間には非常に不連続な状況となっています。もともともちろん根拠がないわけではなく、格付け会社の発表しているデータではBBB以上のものとBB以下のものとの間にはデフォルト率に大きなギャップがあるとされています。数字をみるとまあBBBならまあいいか、BBならちょっとだめ、みたいな感じになるのもいたしかたないともおもいます。
しかしながら本来はBBBとかBBとかは後付けで格付け会社がつけるものであって、企業自体がそれによって変わるわけではない。変わる要素があるとしたらその格付けそのものがもたらす資金調達の容易さ度合いであろうとおもいますから、もしかしたらデフォルト率は「格付けが表現しているもの」ではなく格付けが要因となっているつまり「格付けが引き起こしている結果」なのかもしれないとふと思ったりします。
いずれにしても、この債券や先ほどのサステナブルリンク債が人気を博しているということは、裏を返せば以下に今の国内債券市場が機能不全に陥っているか、の表われでしょう。金利の絶対水準が低いことで覆い隠されていると思いますが、これも低金利と金余りによってもたらされている一つの「バブル」と言っていいのかもしれません。サステナブルという言葉や外部の信用格付けに盲目的にお金を突っ込んでしまう姿勢は一種宗教に近くなっているように思うので、そういった行動を呼び起こす市場構造や社会的風潮もふくめ、ちょっとジジイ的には感動とともに憂鬱な気分を呼び起こす朝になっています。
一つはANAホールディングズの「サステナビリティ・リンク・ボンド」。100億円で0.48% 5年という条件は最近の市場を覆う利回り不足の状況からは十分に受け入れられたのだと思いますが、やはりこのサステナビリティ・リンク・ボンドというところがちょっといや強烈に関心を引きました。おそらくこのおかげで当該債券はかなりの人気を博した部分があると思うからです。
https://www.anahd.co.jp/group/pr/202105/20210519.html
サステナビリティ・リンク・ボンドというのは、一応ICMAが出しているサステナビリティ・リンク・ボンド原則(SLBP)のガイドラインに適合した債券と考えられます。その定義においては、「発行体が事前に設定したサステナビリティ/ESG目標の達成状況に応じて、財務的・構造的に変化する可能性のある債券の総称」とされ、「発行体は、事前に設定sた時間軸の中で、自社のサステナビリティ目標達成に向けて将来改善することを、明示的に(債権の開示資料等においても)表明する」こととされています。このなかでいう目標は「サステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット」(SPT)と言われ、それぞれの債券ごとに発行体が設定するものです。
一応、このSLBPが所与のものとして、まず良くわからなったのはANAのESG課題におけるKPI(Key Performance Indicator)ってなに?ってことです。SLBPではまず一つ以上のKPIを定めてそれについての効果が測定可能であることを求めています。そのKPIはSLBPでは以下の要素を含むべきであると明記されています。
・発行体のビジネス全体に関連性があり、中核的で重要であり、かつ、発行体の現在及び/または将来的なビジネスにおいて戦略的に大きな意義のあるもの。
・一貫した方法に基づき測定可能、または定量的なもの
・外部からの検証が可能なもの
・ベンチマーク化が可能
今回の債券発行に関する会社側ののリリースをみますと、このKPIが一体何なのか良くわかりませんでした。もしかしたら知らないのはワタクシだけかもしれませんが、やはりSLBPにのっとったと書いている以上は、そういう段階を踏んだリリースが必要じゃないかなと思います。
一応発行体のHPもあたってみましたがKPIについては「今後の課題」とされているようです。
https://www.ana.co.jp/group/csr/communications/discussion/
そして選定されたKPIごとに一つ若しくはそれ以上のSPTを設定することともSLBPでは要求されています。こちらはリリースに書いてありますが、それを見て腰を抜かしてしまいました。4つ設定したうちの3つがESG関連の株価指数への採用だったからです。そして残りの一つもCDP(Carbon Disclosure Project)の格付け評価A-以上というものです。要するに、ある意味非常に間接的な目標設定となってる。もっと露骨にいえば他人さまからの評価をサステナブルパフォーマンスの指標にしているわけです。
確かに、株価指標への採用には一定のESG関連の企業としての内容が問われますから、まあ何らかの努力をするんでしょう。しかし、個人的にサステナブル・リンク・ボンドへの賛否は一応おいておくとしても、サステナブル・リンク・ボンドって、そういう目標設定を期待しているんではないんじゃないかなー?というのが率直な印象です。株価指標への採用基準って、まず「株主」の利害にそったものであって、債券投資家の利害とは一部概念的に相反するんじゃないかなとも思いますし、そもそもKPIがはっきりしない中でこのようなボンドを出すことの意味が問われなければならないと思います。
さらに、これまでのSLBと一線を画しているのが、SPTが実現できなかった場合のペナルティです。今までほかで見てきたSLBの多くは利率に一定の上乗せがあり、要するに投資家にリターンの上乗せがあった。この点に関してはワタクシは過去に概念的な矛盾(投資家が発行体の目標未達成を歓迎するインセンティブになる)を指摘したことがありますが、それはさておき、今回のANAのSLBでは目標未達成のばあい0.1%を外部団体に「寄付」するというのです。ワタクシが指摘したような「矛盾」は発生しないものの、「すか」みたいなSPTを立てたうえでその未達成で「寄付」って、そもそもこれってサステナブル・リンク・ボンドの名に値するのか?という疑問すら湧いてきます。
ちなみにANAは過去にグリーンボンド等も発行しているようです。グリーン・ボンドとサステナブル・リンク・ボンドとの最大の違いは「資金使途の制約」の有無だと思われます。うがった見方をすれば、今回このようなまあはっきり言わせてもらえば「雑な」SLB発行に至ったのはその資金使途の制約のなさが誘因だったのではないかと。たったの100億円ですけれどね。そもそも寄付したければボンドにリンクさせないでさっさと寄付してあげた方がいい。そもそも今のANAさんが寄付を考えられる状況なのかどうか、という点はあえて措いておきますが。
いちゃもんついでに言えば、リリースの最後にあるようにこの債券について一部の格付け会社が第三者評価としてSLBPに適合しているというセカンドオピニオンを出しているとのこと。そしてこのSPTsの進捗状況と達成状況について、その格付け会社が検証しレポートを出すとの事。もちろんタダじゃないとおもいます。ということはこの債券には通常の債券に比べて余計なコストがかかっているということです。本来それはきちんとした利回りとして投資家に還元すべきものではないかと思うわけです。
もうひとつは商船三井のジャンク債発行のニュース
https://www.mol.co.jp/pr/2021/21034.html
こちらの日経の記者さんの解説も非常に面白いので一応張っておきます。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB111LY0R10C21A5000000/?unlock=1
「奇策とは、格付け取得をJCR1社に絞り、投資適格水準のトリプルBで「実質ジャンク債」を発行したことだ。投資家はどう判断したのか。ふたを開けると買い注文が殺到。投資適格でありながら利回りはジャンク債並みの高さが確保できる貴重な商品と映った。商船三井関係者は「実利を重視した」と話す。」
いやー、表現をいいかえると、「JCRの格付けはxxだ」と言っているに等しいので、元財務官が代表を務めていた格付け会社をDISるのもほどほどにしておいた方がいいとは思いましたが、まあおっしゃることはよくわかります。JCIの格付けはR&Iよりもともと2ノッチ高かったわけで、それを利用してこのハイブリッド債ではあえてJCIだけから格付けをとりBBB格として発行したわけで、狙いは日経の記事にあるように、むりやり「限界的」な格付け会社の核付けを利用して、投資適格以上でなければ買えない投資家が買えるようにした、ということです。
背景にはいうまでもなく、日本で投資適格外の債券市場が育っていないことがあります。ほとんど機関投資家はルールとして投資適格外の債券投資に厳しい制約を課しています。組織の担当者は余計なリスクを負ってまでそれに真剣に取り組むことは時間がかかる割に報われないので、やろうとしません。逆に投資適格であればあまりギャーギャー言われることはなく、それに高い利回りが乗っていれば収益に貢献できて褒められることもあるから、この違いは日本では大きく、投資適格とそうでない債券との間には非常に不連続な状況となっています。もともともちろん根拠がないわけではなく、格付け会社の発表しているデータではBBB以上のものとBB以下のものとの間にはデフォルト率に大きなギャップがあるとされています。数字をみるとまあBBBならまあいいか、BBならちょっとだめ、みたいな感じになるのもいたしかたないともおもいます。
しかしながら本来はBBBとかBBとかは後付けで格付け会社がつけるものであって、企業自体がそれによって変わるわけではない。変わる要素があるとしたらその格付けそのものがもたらす資金調達の容易さ度合いであろうとおもいますから、もしかしたらデフォルト率は「格付けが表現しているもの」ではなく格付けが要因となっているつまり「格付けが引き起こしている結果」なのかもしれないとふと思ったりします。
いずれにしても、この債券や先ほどのサステナブルリンク債が人気を博しているということは、裏を返せば以下に今の国内債券市場が機能不全に陥っているか、の表われでしょう。金利の絶対水準が低いことで覆い隠されていると思いますが、これも低金利と金余りによってもたらされている一つの「バブル」と言っていいのかもしれません。サステナブルという言葉や外部の信用格付けに盲目的にお金を突っ込んでしまう姿勢は一種宗教に近くなっているように思うので、そういった行動を呼び起こす市場構造や社会的風潮もふくめ、ちょっとジジイ的には感動とともに憂鬱な気分を呼び起こす朝になっています。
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