「ESG投資とパフォーマンス」
「ESG投資とパフォーマンス」(湯山智教 編著 金融財政事情研究会2020)の感想文です。書評なんて言う大それたことはできませんので、感想文として。
一言で言えば、これまで様々なところで議論となってきた、ESG投資などとパフォーマンスとの関係を、先行研究や実例を丹念に拾いながらまとめ上げたものであり、ESG投資をパフォーマンスの視点で支持する人もしない人も一度は目を通しておくべき文献だと思います。編著者ご自身によるESG投資に対するパフォーマンスの視点からの考え方も、非常にフェアなものと感じます。単に現在結果が明確に示されていないから駄目だと切り捨てるのではなく、今後の展開を見据えて、期待を込めているというところも、まさにESGが盛り上がってきている背景をきちんと踏まえた上での評価という感じがして、素晴らしいと思いました。
とにかく、非常に丁寧に議論されている印象を受けます。
第一章ではESG投資の潮流としてこれまでどのようにしてESG投資が盛り上がってきたかという流れが丹念に描かれ、同時に「投資パフォーマンスの重要性」というパートを用意して「ESG」とSRI(Social Responsible Investment)CSV(Creating Share Value)などとの違いを「パフォーマンスの追求」というところにあると明確にしている点も重要です。これも重要な指摘ですが、ESGにはガバナンスの要素が入るので、その部分でパフォーマンスに効きやすいという指摘も行っています。
第二章ではESG投資とパフォーマンスとの関係を、先行研究などを豊富に引用しながら、解きほぐしていきます。編著者の結論としては、効率的市場を前提とする限りESG投資による超過収益はあり得ない(まあ当然ですが)けれど、そもそも行動経済学寄りのアプローチであるESG投資の前提は市場の非効率である可能性があり、必ずしも全面的に否定されるものではない、というものだと理解しました。さらに重要な視点として、大きな年金基金などのいわゆるユニバーサルオーナーにとっては、個別銘柄以上に市場全体のベータへの働きかけとしてのESGにも意味が見いだせるという点があると指摘しています。つまり市場全体にESG的アプローチを採用させることにより、経済全体やマーケット全体に良い効果をもたらしていくことを期待するアプローチについて、編著者はポジティブにとらえていると思います。(なお、J-Money1月号にも湯山さんのインタビュー記事があり、同様のお話をされています)。ただし、現状のところ、ESGファクターなるものの抽出は十分できていないため、ESGアプローチの効果というのが明確に測定できないということも素直に認めておられます。
第三章はESGスコアリングについての問題点を指摘しています。ESGスコアリングは様々な金融ベンダーや情報提供会社が行っており、それをもとにした指数もいくつか開発され実用化されています。(GPIFさんがこれら指数ベースのパッシブ投資を行っていることは有名です)。しかしながら、様々な研究によればこうした評価が各主体ごとに結構ばらばらであり事実上相関も収れんもしないと指摘し、なかなか決定版が見いだせないのが現状である事を述べています。この章ではインパクト投資についてもコンパクトに整理されており、ESGの派生でありながら、かなり違ったアプローチになることが示されています。
第四章では、ESG投資と受託者責任との関係が各国ごとの議論を詳細にフォローしつつ議論されています。経済的リターンをきちんと確保するという受託者責任と「21世紀の受託者責任」(UNEP-FI)にみられるような、年金を通じて将来のよりよい社会を実現していくという受託者責任との調整が求められるが、やはり受託者責任のベースには大前提としての経済的利益の確保があるという指摘は重要だと思います。
第五章以下の第二部では第一部で述べられたことのいわば実証版であり、第五章が先行研究の詳細な紹介、第六章がESGスコアとパフォーマンスとの関係の実証分析、となっています。
第七章は、「ESG投資と信用格付」という標題であり、非常に興味深いテーマです。もともと相対取引の面が強い事業債などにおいて価格データが相対的に乏しくまた価格形成も株に比べて不透明なことがあるので、なかなか研究としてはハードルが高いであろうと想定されます丹念にデータを拾っています。実際、このテーマでの先行研究が乏しく、この章には編著者もかなりの紙幅を割いて論じていて、貴重な研究の蓄積に資すると自賛しています。結論としてはいろいろ前提や課題はあるものの、おおむねESG要素が信用格付けにプラスに作用するという結論のようです。
第八章は最近のトピックとしてのコロナ禍におけるESG投資パフォーマンスを取り上げています。これについては関連性ははっきり出なかったようです。まあコロナ禍という短期的な要因についての反応としては、個別株の動きはむしろその前の株価の動きなどの影響の方が大きいと考えられますから、この点はそもそもESGの視点が長期であるべきだということなら、ややテーマの立て方に無理があると言わざるを得ません。もちろん、ESGの考慮が下方リスクに対して相対的に頑健性を持つというのはしばしばいわれることですが、強度に指数化された市場においては短期的なイベントではESG要因が効かない可能性は大いにあると思います。
というわけでいろいろ書きましたが、これほどまで網羅的にESGとパフォーマンスの関係を論じつつ、これまで手薄だった信用格付け(つまり債券投資などへの影響)との関係にもしっかりと触れた文献として、非常に価値の高い本であると思いました。くどいようですが、ともすれば社会正義や理想主義的にとらえられやすいESGをきちんとパフォーマンスの視点で見ていくことは非常に重要ですし、そもそもESG投資という概念の中にパフォーマンスを重視することが内包されていると考えるワタクシにとって非常に勉強になりました。
なお、余談ですが2月号の「選択」という雑誌の記事(内容はちゃんと買うなり図書館にいくなりしてご覧くださいね)。前にちょっと取り上げた某メガバンク系投資顧問の巨大ESGファンドのことが、同メガバンクの内紛と絡めて取り上げられています。記事の中で、その運用の不透明さや販売の問題で同ファンドはかなり酷評されてますね。本当のところはわかりませんが。これは販売員さんから聞いた情報ですが、実際に運用する米国系のアセマネ会社(このファンドはその米国系の運用するファンドに投資するファンドです)は銘柄も含めて十分に販売会社にも開示してくれてないとのこと。本当のことはわかりませんが、もしそうだったら、記事にもあるように金融庁さんがお怒りになる可能性はありますね。しらんけど。
https://www.sentaku.co.jp/articles/view/20698
一言で言えば、これまで様々なところで議論となってきた、ESG投資などとパフォーマンスとの関係を、先行研究や実例を丹念に拾いながらまとめ上げたものであり、ESG投資をパフォーマンスの視点で支持する人もしない人も一度は目を通しておくべき文献だと思います。編著者ご自身によるESG投資に対するパフォーマンスの視点からの考え方も、非常にフェアなものと感じます。単に現在結果が明確に示されていないから駄目だと切り捨てるのではなく、今後の展開を見据えて、期待を込めているというところも、まさにESGが盛り上がってきている背景をきちんと踏まえた上での評価という感じがして、素晴らしいと思いました。
とにかく、非常に丁寧に議論されている印象を受けます。
第一章ではESG投資の潮流としてこれまでどのようにしてESG投資が盛り上がってきたかという流れが丹念に描かれ、同時に「投資パフォーマンスの重要性」というパートを用意して「ESG」とSRI(Social Responsible Investment)CSV(Creating Share Value)などとの違いを「パフォーマンスの追求」というところにあると明確にしている点も重要です。これも重要な指摘ですが、ESGにはガバナンスの要素が入るので、その部分でパフォーマンスに効きやすいという指摘も行っています。
第二章ではESG投資とパフォーマンスとの関係を、先行研究などを豊富に引用しながら、解きほぐしていきます。編著者の結論としては、効率的市場を前提とする限りESG投資による超過収益はあり得ない(まあ当然ですが)けれど、そもそも行動経済学寄りのアプローチであるESG投資の前提は市場の非効率である可能性があり、必ずしも全面的に否定されるものではない、というものだと理解しました。さらに重要な視点として、大きな年金基金などのいわゆるユニバーサルオーナーにとっては、個別銘柄以上に市場全体のベータへの働きかけとしてのESGにも意味が見いだせるという点があると指摘しています。つまり市場全体にESG的アプローチを採用させることにより、経済全体やマーケット全体に良い効果をもたらしていくことを期待するアプローチについて、編著者はポジティブにとらえていると思います。(なお、J-Money1月号にも湯山さんのインタビュー記事があり、同様のお話をされています)。ただし、現状のところ、ESGファクターなるものの抽出は十分できていないため、ESGアプローチの効果というのが明確に測定できないということも素直に認めておられます。
第三章はESGスコアリングについての問題点を指摘しています。ESGスコアリングは様々な金融ベンダーや情報提供会社が行っており、それをもとにした指数もいくつか開発され実用化されています。(GPIFさんがこれら指数ベースのパッシブ投資を行っていることは有名です)。しかしながら、様々な研究によればこうした評価が各主体ごとに結構ばらばらであり事実上相関も収れんもしないと指摘し、なかなか決定版が見いだせないのが現状である事を述べています。この章ではインパクト投資についてもコンパクトに整理されており、ESGの派生でありながら、かなり違ったアプローチになることが示されています。
第四章では、ESG投資と受託者責任との関係が各国ごとの議論を詳細にフォローしつつ議論されています。経済的リターンをきちんと確保するという受託者責任と「21世紀の受託者責任」(UNEP-FI)にみられるような、年金を通じて将来のよりよい社会を実現していくという受託者責任との調整が求められるが、やはり受託者責任のベースには大前提としての経済的利益の確保があるという指摘は重要だと思います。
第五章以下の第二部では第一部で述べられたことのいわば実証版であり、第五章が先行研究の詳細な紹介、第六章がESGスコアとパフォーマンスとの関係の実証分析、となっています。
第七章は、「ESG投資と信用格付」という標題であり、非常に興味深いテーマです。もともと相対取引の面が強い事業債などにおいて価格データが相対的に乏しくまた価格形成も株に比べて不透明なことがあるので、なかなか研究としてはハードルが高いであろうと想定されます丹念にデータを拾っています。実際、このテーマでの先行研究が乏しく、この章には編著者もかなりの紙幅を割いて論じていて、貴重な研究の蓄積に資すると自賛しています。結論としてはいろいろ前提や課題はあるものの、おおむねESG要素が信用格付けにプラスに作用するという結論のようです。
第八章は最近のトピックとしてのコロナ禍におけるESG投資パフォーマンスを取り上げています。これについては関連性ははっきり出なかったようです。まあコロナ禍という短期的な要因についての反応としては、個別株の動きはむしろその前の株価の動きなどの影響の方が大きいと考えられますから、この点はそもそもESGの視点が長期であるべきだということなら、ややテーマの立て方に無理があると言わざるを得ません。もちろん、ESGの考慮が下方リスクに対して相対的に頑健性を持つというのはしばしばいわれることですが、強度に指数化された市場においては短期的なイベントではESG要因が効かない可能性は大いにあると思います。
というわけでいろいろ書きましたが、これほどまで網羅的にESGとパフォーマンスの関係を論じつつ、これまで手薄だった信用格付け(つまり債券投資などへの影響)との関係にもしっかりと触れた文献として、非常に価値の高い本であると思いました。くどいようですが、ともすれば社会正義や理想主義的にとらえられやすいESGをきちんとパフォーマンスの視点で見ていくことは非常に重要ですし、そもそもESG投資という概念の中にパフォーマンスを重視することが内包されていると考えるワタクシにとって非常に勉強になりました。
なお、余談ですが2月号の「選択」という雑誌の記事(内容はちゃんと買うなり図書館にいくなりしてご覧くださいね)。前にちょっと取り上げた某メガバンク系投資顧問の巨大ESGファンドのことが、同メガバンクの内紛と絡めて取り上げられています。記事の中で、その運用の不透明さや販売の問題で同ファンドはかなり酷評されてますね。本当のところはわかりませんが。これは販売員さんから聞いた情報ですが、実際に運用する米国系のアセマネ会社(このファンドはその米国系の運用するファンドに投資するファンドです)は銘柄も含めて十分に販売会社にも開示してくれてないとのこと。本当のことはわかりませんが、もしそうだったら、記事にもあるように金融庁さんがお怒りになる可能性はありますね。しらんけど。
https://www.sentaku.co.jp/articles/view/20698
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